2009/08/05
僕の近しい人に鬱病を10年近く患っている人がいます。発症当初はお互い病気に対する知識もほとんどなく、僕はただこの人に早く良くなって欲しい、なんとか力になりたいという気持ちで接していました。
自分自身、二十代の前半の頃に鬱病の一歩手前までいったことがあり、それなりに本人の気持ちや対処法は分かっているつもりでした。
それでもまた更にたくさん本を読み、ネットで膨大な事例を読み、知識を増やしながら日々本人の気持ちのはけ口になりつつ様々な方法を提案しては実践、失敗、また挑戦の繰り返しでした。
心療内科やカウンセラーを首都圏中探し歩いてそれでもなかなか本人にフィットする場所が見つからず、終わりのない旅のように見えました。
はっきりいって本人もまわりにいる人間も相当辛いです。
それでも最近はセルフカウンセリングの効果もあり徐々に気持ちが安定してきて自分のやりたいことが見えてきたこともあって良い方向に向かいつつあります。
この重い現実に長年向き合ってきたことにより僕自身非常に貴重な体験と多くの勉強をさせてもらいました。
そして鬱病の人の近くにいる人間は決して被害者ではなく、むしろ自身が大きく成長できる可能性を秘めていることに気付いたのです。
以下に僕がこの一件で学んだことについてまとめてみます。どれも単なる知識ではなく10年かかって実体験として学んだことです。
人は様々な悩みや苦しみを持っていて誰かに相談するが、根源的には同情や対策を望んでいるのではなく共感して欲しいのである。
(*) もちろん具体的な対策を望んでいる時もある。
人はそれぞれ独立した個人であるから、どんなに時間をかけても完全に分かり合うことはできない。それは親子・兄弟・夫婦のように非常に近しい関係であったとしても同様である。
他人の気持ちや行動をコントロールすることは決してできない。自分が置かれた状況を変えるには自分が変わり行動するしかない。
自分を理解して欲しいと思ったら自分の気持ちを正直に表現すること。正直すぎて相手が引いてしまうなら所詮それまでの関係である。人はたくさんいる。
(*) もちろん良識は守るべき。
重く厳しい現実が目の前に現れた時にそこから逃げずに正面から立ち向かえばやがて大きな自信となる。
鬱病の人が身近にいるということは今後の僕の人生にとても大きな影響と自信、そして喜びをもたらすと確信しています。
ですのでもしご自身が鬱病を患っていて「まわりにいる人に迷惑をかけているんじゃないか」と思っているのなら、それはまったく逆なんだよということを理解して下さい。
あなた自身がまわりの人に大きな学びの機会を与えているんです。
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