管理人プロフィール

プログラマとインフラエンジニアをやっている、いわゆるITエンジニアです。

インターネットの商用利用が始まる数年前、C言語による低レイヤのシステムプログラミングでコンピュータサイエンスの基礎を学び、途中からインフラエンジニアに転向して10年以上。

長いことオンプレ環境でインフラをやっていましたが、さすがに限界を感じパブリッククラウドの世界に転身。2017年7月、AWSを使ったシステム構築・運用を主力事業とするアイレット株式会社に入社しました。

ITで世の中をより良く変えていけるよう、微力ながらお手伝いしていきたいと思っています。

当サイトの目的

当サイトは今まで数えきれないほどたくさんの人にお世話になった僕が少しでも業界に恩返しがしたいと考えた時に、やはり技術情報を発信するのが一番自分らしいという考えに至り、主にインフラ関連の技術情報を発信しています。

特にITの世界は英語が標準言語なので日本語で書かれた資料が圧倒的に少ない状況にあって、英語が苦手なのが故に情報不足になったりスキルが伸ばせなかったりするのを自分自身を含め改善していきたいと思っていて、まずは英語力より技術力だろうという考えのもと、日本語で情報発信しています(参考:僕が英語(語学)をやらない理由)。

主な保有資格

基本情報技術者 (IPA)
ネットワークスペシャリスト (IPA)
情報セキュリティアドミニストレータ (IPA)

主な使用言語

C、Ruby、JavaScript

略歴 (新しい順)

長いようであっという間だった僕のエンジニア人生を概ね5年単位で振り返ってみます。守秘義務の関係で具体的な業務内容については書けませんが...

2015年〜 IoT、AI、VR、AR、MR

ITの世界は現実世界と融合する新たな領域へ。差し当たりRaspberry Piを購入して勉強開始。
Arduinoにも興味が湧き購入。Raspberry PiがミニLinux機なのに対してArduinoはマイコンのためOSまわりの設定をする必要がなく純粋にやりたいことに取り組めるのでArduinoに傾倒。Arduino好きな人のコミュニティがなかったので自分で作ってもくもく会も開催。またInstagramも開始、Arduino関連の写真を投稿し始めた。
Arduinoのようなハードウェアだけでなくソフトウェア寄りの勉強もみんなでやりたいと思い、「リベルテもくもく会」という会を始めた。

2010年〜 クラウド時代

仮想化をベースとしたクラウドコンピューティングが当たり前の時代になってきていたが、仕事の中心が実務系から管理系に変わりつつあったこともあり乗り遅れ気味でキャッチアップに必死だった。同様にAmazon Web Servicesをはじめとしたパブリッククラウドサービスも市民権を得ていたがオンプレ環境に慣れきっていて(必要性を感じず)こちらも完全に乗り遅れた。

2005年〜 仮想化の波

キャリアパスに管理職コースしかない会社から技術職コースもある会社に転職。
エンタープライズゆえの高額・レアなプロダクトをいろいろ使うことができた。OSではSolaris・Tru64UNIX、クラスタ管理ではVERITAS ClusterServer・TruCluster・PRIMECLUSTER、DMBSではOracle・Sybase・Empress、運用系ではJP1/AJS・Systemwalkerなど。
今まで個人的に貯めこんできた技術メモを少しでも他のエンジニアに利用してもらおうと思い個人サイト(当サイト)を作って公開しようと考えた。WordPressやMovable Typeなど既存のCMSを使ってみるもどれも自分には合わず、ちょうどその頃Rubyの存在を知りその洗練された言語仕様に感銘を受けたのでこの言語の勉強がてらRuby(バックエンド)とJavaScript(フロントエンド)を使ったCMSを数ヶ月かけて実装し運営を始める。公開初月のPVは100、しかも7割は自分がアクセスしたものだった(笑)

2000年〜 ソーシャルネットワークの萌芽

この頃になるとサーバもクラスタ構成が一般的になりつつあったのでサーバ・ストレージ・ネットワークなどの冗長化を学んでシステムを構築・運用した。プログラマとしてもバックエンドからフロントエンドまでPerlやJavaScriptなどを使用してWebサービスとして実装し運用した。
米国におけるFacebookや日本におけるGREEやmixiなどのSNSが相次いで立ち上がり、仕事に趣味に活用し始めた。メインマシンのOSはFreeBSDからLinuxに。

1995年〜 インターネット時代の到来

Windows95が発売されインターネットの商用利用が本格的に始まりつつあるタイミングでプログラマからインフラエンジニアに転向。これは自ら志望したわけではなくたまたま部署内でインフラの人間が足りず、成り行きで配置転換されただけだったもののすぐにインフラの魅力にとりつかれ、O'Reilly本を買い漁って勉強しまくった。
SMTPサーバ、メーリングリストサーバ、NetNewsサーバ、HTTPサーバ、NFS/CIFSサーバ、NISを使ったコンピュータ資源の一元管理、DHCPを使った動的IP割当など、インターネット技術を使った部門システムの整備が面白く自由にやらせてもらった時期。メインマシンは会社も自宅もFreeBSDだった。

1990年〜 メインフレームからオープン系へ

日本電子専門学校卒業、都内のSI企業で働き始める。
最初の仕事はFORTRANを使った海洋系システムの開発。次がCOBOLを使った電子文書系システムの開発。当時はメインフレームを使ったシステムが主流でエディタはラインエディタ、コンパイルやテストはJCLによるジョブ制御、プリンタはラインプリンタ、ドキュメントは専用ワープロ機で作っていた。インターネットなど影も形もない時代。
次はC言語を使ったミドルウェアの開発。OSとアプリケーションの間に入ってプロセス管理・メモリ管理・ファイル管理・通信制御・割り込み制御など、今で言えば仮想マシンのようなものを作っていた。開発マシンはSPARCアーキテクチャ、OSはSunOS 4。低レイヤのシステムプログラミングが体験できたことでコンピュータサイエンスの基礎が身に付いた。
C言語で書かれたサーバサイドのバッチシステムのリファクタリングを請け負う。しかもたった一人で... そのおかげで誰とも調整する必要がなかったのでコーディング規約も自分で決め全コードをスクラッチから書き直した。GUI部分もOpenWindowsからOSF/Motifに変更した。その後数年に渡って保守と機能追加をほぼ一人で担当した。

取材受付方針

僕の各種活動に対する取材は以下の条件をすべて満たす場合に限ってお受けしております。あらかじめご了承下さい。

取材者はIT業界のかたであること。
取材方法が映像/文章かどうかにかかわらず、放映/掲載時と同内容のものを事前に視聴/査読させて頂き、訂正が必要と当方が判断した部分に関してこちらの指図に従って訂正して頂けること。
取材の過程で当方とやりとりした映像/文章はファイルに保存させて頂く。
対象取材に関する放映/掲載後の連絡先(所属組織/担当者名/電話番号/メールアドレス)を明示して頂けること。